子どもたちが遺した詩

 

黄 昏

  
夜の翼にのって飛ぶ…黄昏

私に 誰からの便りを運んでくれるの?

その人からのキスを 私に運んでくれる?

私は どんなに あの生まれた地へ帰りたがっているか!


静かな黄昏 あなただけは 知っているわね

私が ひとり イスラエルの地にある 

オリーブの木陰を見たくて

あなたのひざに涙をこぼしているのを


黄昏よ あなただけは 分かってくれるわね

このシオンの娘は

エルベ川に近い小さな街にいて

もう シオンにもどることは できないと 泣いているのを 

 

作者不明   野村 路子訳


(訳者注 : シオン(Zion)は、イスラエル エルサレムにある神聖な丘

         エルベは、ドイツからチェコ テレジンの近くに流れている河)

 

 

移 送

 

もう何回 移送があったのかしら

一回 二回 三回……私には 分からない

とうとう 私たちの番が来てしまった

ママが荷物をまとめている

何を持って行けるの?

一つ ふとんが一枚

二つ 毛布が一枚

三つ つぎの当たった上着が一枚

四つ 食器が一つ

五つ スプーンが一本

ああ これが 私の世界のすべて

 

作者不明  野村路子 訳

 

テ レ ジ ン で


ここでは 何もかもが とても変だ

ぼくたちは 床に寝なければならないし

こんな 腐ったジャガイモしか食べられない

これが ぼくの家だっていうの?

こんな きたないところが……

ぼくは 泥だらけの床の上に 横になるんだよ

何をしても すぐ 泥んこによごれてしまう

ここは いつも 人でいっぱい

ハエだって たくさん飛び回っているんだよ

ハエが病気を運んで来るんじゃないかな

あっ 何かが ぼくを刺した  シラミかな

テレジンは 本当に恐ろしいところだ

いつ ぼくたちは 家に帰れるんだろう

 

テディーと署名はあるが、作者本名不明  野村路子 訳

 

わ が 家

 

“家よ 家よ 楽しい我が家

世界で たった一つの家よ……”

 

それは ミレナが赤ちゃんだったころ

アニーが 歌ってくれた歌


“家よ 家よ 楽しいわが家

世界で たった一つの家よ

大好きな 大好きな……”


そんな家なんて どこにあるの

 今の私は フレデックに住むミレナじゃない

 私の名前は 三けたの数字の番号だけ

 

作者不明  野村路子 訳

 

テ レ ジ ン で

    
・・・・・・ぼくたちは

朝の七時 正午 夜の七時に、食器を持って並ぶことに

もう慣れてしまった。わずかな なまぬるい水を手に入れるために。

それも 塩や コーヒーの味がする まずい水。

うまく行けば ジャガイモが手に入るときもある。

ぼくは ベッドでなくても 眠れるようになった。

ぼくたちは 

ドイツ兵が来たら歩道からおりて 挨拶し、

彼が通り過ぎてからでなければ歩道に上がれないことにも

理由もなく平手打ちをくらったり、なぐられたり

絞首刑にされたりすることがあるのにも もう慣れっこになってしまった。

人々が 自分の排泄物にまみれて死に

棺おけが山のように積まれているのを よく見かける。

いろいろな病気がはやり それに対し 医者がどうすることもできないのも

見慣れてしまった。

何千人もの不幸な人々が 次々にやって来て 

さらに もっと不幸になるために ここから 去って行く

こんなことにも ぼくたちはもう 慣れてしまった。

 

ピーター・フィッシェル 1929年9月9日生まれ 1944年 アウシュヴィッツへ
野村路子 訳

 

  

バラの香りでいっぱいの小さな庭

そこの 細い小道を

男の子がひとり 歩いている

小さな 可愛い男の子

まるで 咲きかけのバラの蕾のような

でも その花がひらく頃

その子は もう この世にいない

 

フランティセック・バス 1930年9月4日生まれ 1944年10月28日アウシュヴィッツへ
野村路子 訳