新刊に寄せて(2020年10月)

もう何年も前から、最後の本を出すと繰り返し言っていた記憶があります。30年前にテレジンの子どもたちの絵と出会い、数少ない生還者の方に会ってお話しを聞き、それを伝えるために、何冊もの本を出し、講演会でお話しをしてきたのですが、いつまで続けられるのか、少し自信を失いかけていたのです、生還者の方も亡くなり、私自身も老いを感じるようになって、伝えておかなければいけないことをきちんと一つにまとめるのも、「終活」なのかなと感じるようになっていたので・・・。

でも、ありがたいことに、昨年6月NHK-Eテレの『こころの時代』が「テレジンの絵は語りつづける」という番組で、私はテレジンとかかわって生きた30年を番組にしてくださいました。そのおかげで、『テレジン収容所の幼い画家たち』開催のオファーが続き、私の講演会も次々と各地でやらせてい炊くことになり、何度目かのうれしい多忙な日々がつづき、なかなかパソコンに向かう時間が取れなくなっていました。

そんななかで、コロナによる自粛生活が始まりました。2月に、東京練馬区、埼玉吉見町、神戸、兵庫稲美町で続けてお話ししたのを最後に、後の予定はすべて中止、キャンセルになりました。

学校がお休みになり、街から子どもの元気な姿が見られなくなり、ある日、近所の小さな公園で、遊具が紐でくくられ《使用禁止》の札が下がっている光景を見たのです。マスクをした幼い子供が、母親に手を引っ張られるようにして通り過ぎていきました。

悲しい光景でした。《ユダヤ人は入るな》と書かれたプールの入り口、看板の前で、後ろでしっかりと海水着を握りしめて立ちすくむ子どもたちの写真を思い出しました。事情は違っても、子どもたちから笑顔が失われて行く不安に襲われたのです。何かしなければ・・・テレジンの子どもたちの絵に出会って、どうしても日本で展覧会をやりたいと思った、あの時の熱い思いが甦ってきました。

もう一度、あのころの、いわば私の行動の原点に戻って、お話しをしよう、偶然にだったけれど知ってしまったテレジン収容所の事実、それから一生懸命に走り回って聞いた生還者たちの声、それを伝えなければ・・・でも、外出は自粛、人が集まってはいけない、大声で話しをしてはいけないという日々でした。

あの収容所の中で、子どもの笑顔を取り戻すために命がけで立ち上がった大人たちの存在、彼らの愛情があったから、生き残ることが出来た、辛く悲しい日々に中に小さな灯のように楽しかった記憶がある。と語ってくれた人たちの言葉。それを、ちゃんと書き残そう・・・外出できない時間を執筆に充てることが出来ました、書いても書いても、書けば書くほど、まだまだ書きたいことが出てきて困りました。

やっと一冊の本にまとめました。ぜひ読んでください。

 

『生還者(サバイバー)たちの声を聴いて』~テレジン、アウシュヴィッツを伝えた30年~
 第三文明社 1700円です。 詳細はこちらで御覧ください。

 

テレジンの子どもたちの絵を一度でも見た方、ぜひその時の心の揺らぎを思い出してください、もう一度、あの子たちの声を聴いてください。

 

2020年10月 野村 路子