テレジン通信

2018年

5月

14日

『テレジン収容所の幼い画家たち展』6月6日~12日熊谷・八木橋デパートにて開催

『テレジン収容所の幼い画家たち展』が、日本で初めて(世界では3回目)開催されたのは、1991年4月、熊谷・八木橋デパートのカトレア・ホールでした。その年は、北は北海道・士別から、南は鹿児島まで23カ所巡回展で、それで終了するはずでしたが、「感動の涙 8万人が見た」などという記事がいくつもの新聞に載り、その後、「私はまだ見ていない」「私の街でも開きたい」「ぜひ見たい」という声がたくさん寄せられました。

幸い、埼玉県のご協力を得て、平和資料館にパネルを寄託、92年から全国への貸し出しが可能になり、今も、全国各地で展覧会が続いています。多くの仲間からのカンパで、新しいパネル・セットも作り、小・中・高校への貸し出しもあり、すでに全国で展覧会開催は200回を越しました。そして、初めのときと同様、多くの感動の声が寄せられています。

 

27年という長い時を経て、「また、熊谷に帰ってきました」とご挨拶できること本当に嬉しく思っています。あのころの小学生は、もう、小学生の子どもを持つ親になっているかも知れません。そんな方たちに見に来ていただきたいと心から願っています。

生き残った《テレジンの子ども》に会うためにイスラエルへ行ったのは、湾岸戦争のときでした。だから、展覧会では、絵から聞こえる子どもたちの「お腹いっぱい食べたい」「学校へ行きたい」「自由に野原を走り回りたい」という願いに涙する人が多かったのです。

たった一枚の絵を遺して、アウシュヴィッツのガス室で命を断たれた子どもたちの「もっと生きたかった」「戦争さえなかったら…」という声が、日本のたくさんの人の胸を打ったのです。

あれから27年が過ぎましたが、今もまだ、飢えに泣く子がいます、爆撃に怯え、命を奪われている子どもたちがいます。

 

まだまだ、あの子たちの声を聞かねばならないのです。もう一度、あの子どもたちの絵を見てほしいと思います。声を聞いてほしいと願います。

数少ない生き残った方も高齢になり、悲しいことに訃報が続きました。でも、あの絵を描いた子どもたちは今も子どものままです。小さくなったクレヨンで、拾った紙切れに描いた絵、160枚を展示します。ぜひ見に来て下さい。

 

テレジンを語りつぐ会  野村 路子

『テレジン収容所の幼い画家たち展』2018年6月6~12日 熊谷・八木橋デパート《カトレア・ホール》
『テレジン収容所の幼い画家たち展』2018年6月6~12日 熊谷・八木橋デパート《カトレア・ホール》

『テレジン もう蝶々はいない』 ミニコンサート

テレジン、プラハでも上演した、あのコンサートのミニ・バージョンです。

(作:野村路子   作曲:中村ヨシミツ)

【日時】6月9・10日  13:00頃から 展覧会会場内

【出演】ギター:中村ヨシミツ  歌:三原ミユキ  語り:野村路子

入場無料

 

『テレジン、アウシュヴィッツへの旅から』 自作詩の朗読

 【日時】6月10日  14:00頃から  展覧会会場内

【出演】詩人・中原道夫

他に、会場内で、随時、野村路子のギャラリートークをいたします。

入場無料

 

 

テレジンを語りつぐ会 facebook

お知らせ

■テレジンを語りつぐ会では随時、講演やパネル貸出、朗読と歌のコンサート依頼を受け付けています。ご質問・ご相談などお気軽にお問い合わせください。 ご相談・ご依頼

■ テレジンを語りつぐ会 ふくおか 

テレジン 命のメッセージ

テレジン 命のメッセージ 代表作

アウシュヴィッツを知っていますか。テレジン収容所って聞いたことがありますか。あの戦争という狂気の嵐が世界中を吹き荒れていたころ、ナチス・ドイツが支配するヨーロッパの国々にはたくさんの収容所がありました。テレジンは、飢えや暴力や死の不安が存在する収容所の一つ。そこでは、素晴らしい<教室>が開かれていました。絵の教室 詩の教室 ―― 子どもたちは、勇気ある大人たちの努力で、絵を描き、詩を綴り、この世に生きた証しとなる美しい作品を生み出していました。

 

コンテンツのご案内

テレジン収容所

テレジン収容所

1941年、ナチス・ドイツが、占領下においたチェコスロバキア(当時)の首都・プラハから北へ60キロほど離れた小さな街・テレジンに作った収容所。当時はTheresienstadt(テレジェンシュタット)とドイツ語で呼ばれ、アウシュヴィッツへの中継地という役割を果たしていました。なぜ、ここに…? そして、なぜ、テレジン収容所が特別な存在として今も語られるのか…。 

詳細はこちらから

テレジン再見

どんな活動も、まずは拡げていくことから始まり、次にはそれをどう続けて行くか、さらに、後の世代にどう繋げて行くかが課題になります。『テレジン収容所の幼い画家たち展』は、野村路子の投じた小石が波紋をひろげ、全国の多くの方の協力で23年続いてきましたが、今、展覧会だけでなく、集まったたくさんの資料、野村が取材した生き残りの方たちの貴重な証言などを、次世代の方に引き継いで行く大事な時になっています。その方法を考えながら、“語りつぎ”たいことを、まず書いて行こうというページです。

詳細はこちらから

ホロコーストとは…?

ポロコーストとは?

“ホロコースト”のもともとの意味は、“焼いて神殿に供えられる生贄”のことでしたが、第二次世界大戦後、ナチス・ドイツが行ったユダヤ人大量虐殺を表わす言葉として使われるようになりました。世界史上最大の悲劇といわれるホロコーストの犠牲者は、500万から600万人と言われています。正確な数を数えられないほど膨大な数の人々が殺されたのです。

詳細はこちらから

子どもたちの遺した絵

テレジン収容所の子どもたちが遺した絵

1945年、収容所が解放され、ドイツ兵が去ったあとの廃墟に4000枚の絵が残されていました。それを見つけたのは<女の子の家>の世話役をしていたビリー・グロアー。彼は辛い境遇の子どもたちが、目を輝かせ、小さくなったクレヨンを握って一生懸命に絵を描いていたのを知っていました。そして、その子どもたちがもう帰ってこないのだということも。

詳細はこちらから 

子どもたちが遺した詩

テレジン収容所の子たちが遺した詩

1945年5月8日、解放されたテレジン収容所には子どもたちが書いた4000枚の絵とともに、数十枚の詩が残されていました。詩は、どれも小さな紙切れに、小さな文字で書かれ大切にどこかへしまってあったのでしょう・・・。紙はすり切れ、字が読めないものも多いのです。 

詳細はこちらから 

テレジンとの出会いから20年、野村路子プロフィール

「テレジンを語りつぐ会」代表・野村路子

コピーライター、タウン誌編集長の後、新聞・雑誌にエッセイやルポルタージュを執筆、NHK・FM浦和でパーソナリティーをしていたが、89年、プラハでテレジンの子どもたちの絵と出会い、その事実を伝えようと、チェコ大使館、ユダヤ博物館などと交渉、91年から日本で『テレジン収容所の幼い画家たち展』を開催。数少ない生き残りの人たちへのインタビューをかさね、展覧会、執筆、講演活動を続けている。 

詳細はこちらから

国語教会書

平成24年度から使用されている学校図書㏍ の小学校国語教科書『みんなと学ぶ国語・六年(下)』に、野村路子の『フリードルとテレジンの小さな画家たち』が掲載されています。どんな時代だったのか、フリードルの行動にはどんな意味があったのか、絵を描くことで子どもたちはどのように変わったのか、そして、子どもたちが残した絵は何を語るのか・・・などを学ぶことになっています。

詳細はこちらから

 

テレジンを語り継ぐ会・活動のご案内


テレジンを知るための本

テレジン収容所の幼い画家たち

テレジンの小さな画家たち

~ナチスの収容所で子どもたちは4000枚の絵をのこした~

産経児童文化大賞受賞作

たった一枚の絵をのこしてアウシュビッツで殺された子どもたち。収容所の中で、遊園地やサーカスの楽しい思い出の絵をかきのこしていた子どもたち。この本は、生きのこった子どもたちに取材して書かれたものです。

著/野村路子  1,575円(税込)  ご購入はこちらから

子どもたちのアウシュヴィッツ

子どもたちのアウシュヴィッツ

「ユダヤ人に生まれた」というだけの理由で子どもたちは収容所に入れられ、苛酷な運命を辿ることになった。ホロコーストの犠牲になった子どもたちの姿を生存者の証言を交えながら描く。

著/野村路子  1,575円(税込)  ご購入はこちらから

15000人のアンネフランク

15000人のアンネ・フランク

アウシュビッツのガス室に消えた子どもたち。中継収容所から発見された絵は、子どもたちがこの世に書き残した、いのちの証です。

著/野村路子  四六判 256ページ 上製  2,300円+税  

※ただいま数冊ご用意できます。ご希望の方はご連絡ください。 ご連絡はこちら

『フリードル先生とテレジンの子どもたち 

~ナチスの収容所にのこされた4000枚の絵~』

アウシュビッツへの中継地テレジン収容所にいた1万5000人の子どもたち― 

奇跡的に生き残った人びとの証言が描き出す現代史の深き闇と光!

著/野村路子 2011年12月2日発刊 B6版ソフトカバー 

定価945円(税込み)  ご購入はこちらから

 

 

◆このほかにもたくさんの本をご案内しています。ご興味のある方は こちらをご覧ください