テレジン通信:2013年11月

広島大学付属三原小学校の先生から、授業の報告メールが届きました

2013年11月28日

広島大学付属三原小学校の先生から授業の報告のメールが届きましたので、ここでご紹介させていただきます。

この小学校6年生は、私の『フリードルとテレジンの小さな画家たち』が載っている、学校図書KKの 国語教科書 を使用しているとのことで、事前に、ホームページを見て問い合わせが来ました。

数回のやり取りがあって、教科書には載っていない絵の写真を送ったり、過去に授業で取り上げた学校の報告の資料などをお送りしました。

11月、ちょうど福岡での展覧会がある時期で、テレジンの子どもたちの絵は、20枚セットが福岡へ、12枚セットが広島へ出向いたことになりました。

パネルの貸し出しだけで、残念ながら、私の講演会まではできなかったのですが、とてもいい学習ができたと喜んでいただいている様子です。

野村路子様

 

ご無沙汰いたしております。

朝夕冷え込む季節になりましたが、お元気にお過ごしでしょうか。

先日、『フリードルとテレジンの小さな画家たち』の学習と子どもたちと行いました。

埼玉平和資料館から12枚のパネルをお借りして授業をさせていただきました。

パネルを見て涙を流す子ども(職員も)、絵から聞こえる声に耳を傾け、「テレジンで起こったことを知ってほしい・少しでも考えてほしい」という声を聞いた子どもなど、授業の中でいろいろな姿を見ることができました。

パネルを貸していただき、メールで写真を送ってくださったおかげです。

ありがとうございました。

今回の授業で、私自身もテレジン収容所のことについて知ることができましたので、他の文献も読み、これからもこのことについて考えていきたいと思っております。

 

※写真は子供たちがパネルを見ている様子と最後のまとめの学習を終えた後の板書です。最後の板書には野村様の写真を使わせていただいています。勝手なことをして申し訳ありません。また野村様が伝えたかったことと、読み取りがずれていたらどうしようとどきどきしております。

                                

広島大学附属三原小学校  渕山 真悟

※画像をクリックすると拡大でご覧いただけます。

渕山さま

 

今の小学生に、テレジンを知ってもらうことには、いろいろ難しい問題があるのだろうと推察いたします。

私自身も、講演会によばれて行ったとき、「収容所が何なのか」から話さないとわからないのだと気づいたことがありました。

「悪いことした子が 入るのでしょう?」と聞かれたのです。

まして、ナチスの「ユダヤ人絶滅作戦」なんて想像もできないだろうと思います。

さらに、今のドイツとは違うということを、説明する必要もありますし、なぜユダヤ人がそれほど嫌われたか?も難しいですね。

ともかく、まったく不条理に、ユダヤ人に生まれたという、ただそれだけの理由で、学校から追われ、家から追われ、飢えや寒さに苦しみながら生 きなければならなかった子どもたちがいた…今も、事情は違うけど、どこかの国に同じような境遇に置かれている子どもたちがいるのだという事実は、幸せに暮らす子どもたちに知ってほしいと思います。   

                                

野村 路子

野村路子様

 

返信が遅くなってしまい申し訳ありません。

『子どもたちのアウシュヴィッツ』『テレジンの小さな画家たち』『フリードル先生とテレジンの子どもたち』を読ませていただき、どのようにフリードル先生とテレジン収容所にいた子どもたちのことを 教室の子どもたちに伝えていこうかと考える毎日です。

子どもたちにも『知る』義務がある、このテレジンなど多くの収容所で起きた悲しい出来事に、どのように出合わせ、知って考えてもらうか。

教科書に載っていることで『フリードルとテレジンの小さな画家たち』に出合うだけでも、子どもたちにとって大切なことでありますが、それ以上に、子どもたちに目を背けてはならないことだと感じてもらえたらと思います。

絵を見て、知って、絵のもっている本当の声に目を向けることができる、そんな実践を私も国語の授業でしてみたいと思います。

 

広島大学付属三原小学校  渕山 真悟

 

福岡でまたテレジン展

2013年11月19日

西南学院大学での展覧会を報じる新聞記事
西南学院大学での展覧会を報じる新聞記事(画像をクリックすると拡大でご覧いただけます)

2010年、11年と続けて、福岡・北九州では『テレジンの小さな画家たち展』が開かれました。

子どもたちの幸せと、平和で安心して暮らせる世界を願って、さまざまな市民活動をしている北九州の鍬塚總子さん、福岡の水口和子さんとの出会いは、以前、福岡や日田で『テレジン もう蝶々はいない』コンサートを開いた時に朗読で出演してくれた梶原元美さんからのつながりでした。

 

元美さんは、2001年のプラハ・テレジン公演にも、ボランティアで参加、その後、結婚、出産を経て、今は大分県玖珠郡にお住まいです。

彼女の愛娘の誕生を機に、子どもたちの幸せを願う活動に、赤ちゃんの名前をもらって「そよぎの会」と名付けた鍬塚さん・水口さん。テレジンの子どもたちに会いに、埼玉平和資料館まで来てくださって以来、子どもたちの仲良し、愛情深いお母さんのように、あの絵を描いた子どもたちを大切にしてくださっています。

 

2011年には、3・11で被災した宮城県石巻市の荻浜小学校への支援に協力、ちょうどテレジン展を見てくれていた福岡・北九州の小学生たちから、たくさんの本や画用紙、クレヨン、そして素晴らしいメッセージを集めて送ってくださいました。(このことは、石巻訪問の報告などにも書いています)

昨年は、「テレジンの子どもたちに会えない夏です」「なんだか淋しくなっています、きっと来年は…」というお手紙やメールが、お二人から届いていました。

その代りのように、兵庫県宝塚市や滋賀県大津市での展覧会・講演会に、協力のカンパで新しくできたパネルを見に来てくださったりしていました。

大きな組織ではなく、活動を通じて親しくなったお母さんたちの集まりです。テレジンのパネルは無料貸し出しとはいえ、輸送費を負担しなければなりません、遠い九州ですから料金もかさみます。そして、展覧会場や講演会の会場の確保。大変だろうなと、いつも感謝していました。それでも、やっぱり「ぜひ実現させてください」「講演会に行きたいです」とメールを送って、私もまた福岡の方たちとの再会を楽しみにしていました。

 

今年は、たった1日の展覧会でした。でも、西南学院大学で、昼・夜2回の講演会。同大学の先生方の力強い協力があり、講義の合間に学生さんを連れてきてくださったり、講演会の進行のお手伝いをしてくださったり、そして、「この展覧会は継続すべきもの、毎年、ここでやりましょう」「来年は、中・高等部の生徒にも話を聞かせたい」と、本当にうれしい言葉を繰り返して下さいました。

西南学院大学 会場入り口
西南学院大学 会場入り口
西南学院大学 会場内
西南学院大学 会場内

西南学院大学での展覧会チラシ
西南学院大学での展覧会チラシ

講演会の前後にはミニコンサートです。2011年にも演奏してくださった香月圭子さんのアイリッシュ・ハープは心の奥底にまで伝わるような美しい音、目をつぶって聞いていると、蝶々が花咲く野原を飛んでいる、あのドリスの絵が見えてくるようでした。

そして、今回はじめての素敵な出会い。同大学1年生の浦秀朗くんのピアノ演奏。彼は、テレジンの本を読み、子どもたちの絵を見て作曲してくれました。「明るい希望が感じられるような…」と語っていましたが、力強いタッチと繊細な優しい音が絡んで、若者らしい不条理な戦争や殺戮への怒りも感じられ、心を揺さぶられました。

お二人とも「また来年、よろしくね」とお約束をしました。

 

もう来年の計画です。

翌日、鍬塚さん・水口さんたちと長崎へ。

ちょうど、その日に終了するはずの、丸木美術館でのコシチェルニャック展、彼が描いたコルベ神父がいた『聖母の騎士』修道院を訪ねました。

小崎神父は、85歳とは思えないお元気で、コルベ神父のこと、アウシュヴィッツでコルベ神父に救われたガヨヴィニチェクとの出会い、ナガサキの原爆のことなど、いろいろお話ができました。テレジンの展覧会のことをお話すると、ピース・ミュージアムがいいでしょうという話になり、早速訪ねました。

NPOが運営する、海の見える小さなミュージアムです。

庭には、「アンネのバラ」のほかに「聖コルベ」と名付けられたバラも。

8月は、さっき予約が入ってしまったということでしたが、5月ならということで、その場で予約を入れました。

5月と10月が、テレジンの子どもたちが『東』へ大量輸送された時期…絵につけられたデータをみると、「1944 5 … アウシュヴィッツへ」という子どもたちが多いのです。

赤い屋根のある家と三輪車、そして扉に続く一本道を描いたイヨナも、赤い紙の切り絵でお母さんと二人の少女、二匹の犬を描いたアリーチェも、亡くなったのが5月半ばです。

あの子たちの命が奪われた季節は、あのミュージアムの庭にバラが咲く季節かも知れません。海のないチェコで生まれた子どもたちは、いつも海にあこがれの気持ちを持っていたそうです。海の見える場所、汽笛の聞こえる場所…子どもたちは、きっと喜ぶでしょう。

 

来年、福岡へ、北九州へ、そして長崎へ…テレジンの子どもたちと、また行きます!

 

テレジンを語りつぐ会代表   野村 路子