早稲田大学シンポジウムの御報告

4月18日(土)『真実を伝え続ける絵画 M.コシチェルニャック展』開催中の稲田大学で、展覧会と同じくポーランド広報文化センター、駐日ポーランド大使館、早稲田大学の共催、テレジンを語りつぐ会・代表の野村路子の協力で、シンポジウムが開催されました。タイトルは、『「アウシュヴィッツ」は今、私たちに何を語るか』。パネリストは、下記、武井彩佳・古矢晋一・宮崎遥の3人。コーディネーターは、早稲田大学文学学術院教授の大内宏一氏。


ツィリル・コザチェフスキ駐日ポーランド大使、早稲田大学李 成市理事のスピーチの後、私、野村路子の基調講演から始まりました。パネリストの方々はみな、それぞれの分野での研究者ですが、私は、研究者ではありません。ですから「基調講演」というような大げさなものではありません。長い間、テレジン収容所について調べ、その生き残りの人たちと会い、語り、それを伝える仕事を続けてきただけです。

これまでに会ってきた当時のテレジンの子どもたちは、テレジンからアウシュヴィッツに移送され、そこで数か月間、ガス室に送られる不安や恐怖の中で生き、毎日毎日、多くの人がガス室へ送られるのを見、焼却炉の大きな煙突から出る煙の臭いにおいを嗅いでいた人たちなのです。彼らもまた私と同様に、学者でも研究者でもない。ただ、自分の体験を話してくれただけなのです。

私は、そんな人たちから直接話を聴いている……だから、狭い三段ベッドにどうやって4人も5人もが寝ていたのか、与えられる「スープ」がどんなものだったのか、そこに浮いていたジャガイモの皮をどんな思いで食べていたのか、そんなことを知っているのです。そして、彼らが、私に話すのに、どれほどつらい思いをしていたのか、それを知っているから、聞いてしまったことを伝える義務があると思っています――と言う程度のことしか話せないのですが、それでも、「アウシュヴィッツは過去の歴史を語ることではないと思う」という趣旨を話しました。


パネリストの方は、3人それぞれ、まったく異なる方向からアウシュヴィッツを語りました。

宮崎遥さんは、ワルシャワのゲットーで、そこで起こっている事実を残すために、人々が何をしたか。歴史家エマヌエル・リンゲブルムと、その仲間が行ったゲットーの住人の聞き取り調査、そして、それを確実に後世に伝えるという意思をもって記録し、缶に入れて地中深く埋めた。その記録が意味するもの、そして、ゲットー蜂起と呼ばれるユダヤ人の行動などを語りました。

古矢晋一、武井彩佳さんに話はレジュメを掲載します。


3人のパネリストの発表に続いて、質疑応答。ポストメモリーについて、あるいは言語のこと、第二・第三世代にのこる精神面の問題など、私自身も本当の興味深い内容の濃いセッションだったと思います。


2015年6月1日

テレジンを語りつぐ会・代表 野村 路子


シンポジウム概要

「真実を伝え続ける絵画―アウシュヴィッツに生きたM・コシチェルニャック―」展

開催記念シンポジウム ~「アウシュヴィッツ」は今、私たちに何を語るか~

 

第二次世界大戦中のナチス・ドイツによるユダヤ人に対する大量殺戮は、人種を理由として国家が組織的にジェノサイドを実行した極めて異常な出来事だった。その中心となったのがドイツによって占有されたポーランドの6つの絶滅収容所であり、その最大のものが「アウシュヴィッツ=ビルケナウ ナチス・ドイツの強制絶滅収容所(1940年~1945年)」だった。現在、負の世界遺産として登録されているアウシュヴィッツ=ヴィルケナウ収容所について、戦争終結から70年たったこの世界情勢のなかで、あらためて考えることは意義深いことであろう。シンポジウムでは、現代の私たち自身の問題として、アウシュヴィッツの意味を再考し、これからの国際関係のあるべき姿を探っていきたい。


【主催】ポーランド広報文化センター、駐日ポーランド共和国大使館、早稲田大学

【協力】野村路子

【日時】2015年4月18日(土)13時~17時30分

【会場】戸山キャンパス36号館382教室

【パネリスト】武井彩佳(学習院女子大学国際文化交流学部准教授)

       古矢晋一(早稲田大学・慶應義塾大学 非常勤講師)

       宮崎悠(北海道教育大学教育学部国際地域学科専任講師)

【コーディネーター】大内宏一(早稲田大学文学学術院教授)

【タイム・テーブル】

(敬称略)司会・進行 大内宏一(早稲田大学文学学術院教授)

13:00~13:15

挨拶 李成市(早稲田大学文化推進担当理事・早稲田大学文学学術院教授)

ツィリル・コザチェフスキ(駐日ポーランド共和国大使)

13:15~13:35

基調講演「70周年を迎えたアウシュヴィッツで考えたこと」 概要はこちらから

野村路子(作家・早稲田大学校友)

13:35~14:05

報告「ゲットーに埋められた断片―歴史家リンゲルブルムと絶滅収容所」

宮崎 悠(北海道教育大学教育学部国際地域学科専任講師)

14:05~14:35

報告「『言葉の混乱』としてのアウシュヴィッツ―プリーモ・レーヴィを例に」 概要はこちらから

古矢晋一(早稲田大学・慶應義塾大学 非常勤講師)

14:35~14:50/休憩

14:50~15:20

報告「ポストメモリーの時代―継承される『アウシュヴィッツ』」 概要はこちらから

武井彩佳(学習院女子大学国際文化交流学部准教授)

15:20~17:25

パネル・ディスカッションおよび質疑応答(司会:大内宏一)

17:25~17:30/閉会

※実際とは多少異なることがあります。


登壇者プロフィール


野村路子(のむら・みちこ)/作家

1937年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。プラハでテレジンの子どもたちの絵と出会い、その事実を伝えようと、チェコ大使館協力のもと、『テレジン収容所の幼い画家たち展』(91年)を開催。朗読と歌によるコンサート『テレジン もう蝶々はいない』を日本各地、プラハ、テレジンで上演。主な著書に『テレジンの小さな画家たち』(1993年、偕成社、産経児童出版文化賞大賞受賞)、『15000人のアンネ・フランク』(1992年、径書房)、『子どもたちのアウシュヴィッツ』(1998年、第三文明社)、『写真記録アウシュヴィッツ』(全6巻、1995年、ほるぷ出版)など。『フリードルとテレジンの画家たち』が小学校6年国語教科書(学校図書)に掲載。


武井彩佳(たけい・あやか)/学習院女子大学国際文化交流学部 准教授

1971年生まれ。早稲田大学第一文学部卒、同大学大学院文学研究科史学(西洋史)専攻に進学し、博士(文学)の学位を取得。著書・訳書 に『戦後ドイツのユダヤ人』(白水社、2005年)、『ユダヤ人財産は誰のものか:ホロコーストからパレスチナ問題へ』(2008年、白水社)、ダン・ストーン著、武井彩佳訳『ホロコースト・スタディーズ』(白水社、2012年)など。


古矢晋一(ふるや・しんいち)/早稲田大学・慶應義塾大学 非常勤講師

1976年生まれ。慶應義塾大学文学部卒、ドイツ連邦共和国・ルール大学ボーフムで博士(Dr. Phil)の学位を取得。著書・訳書にスヴェン・ハヌシェク著『エリアス・カネッティ 伝記 上・下巻』(共訳)(上智大学出版、2013年)、「『群衆と権力』の射程 ― エリアス・カネッティ再読 ―」(共著)(日本独文学会研究叢書059号、2009年)など。


宮崎悠(みやざき・はるか)/北海道教育大学教育学部国際地域学科専任講師

1978年生まれ。北海道大学法学部卒、同大学大学院法学研究科に進学し、博士(法学)の学位を取得。

著書・論文に『ポーランド問題とドモフスキ:国民的独立のパトスとロゴス』(北海道大学出版会、2010年)、「戦間期ポーランドのマイノリティと居住地:ハルトグラスのシオニズム」(『地域研究』VOL.15、2015年3月掲載予定)など。


アンケート&感想のご紹介

このシンポジウムの参加者は190名、うち103人の方がアンケートに感想などを記載して下さいました。いくつかをご紹介します。

今まで知らなかったアウシュヴィッツで実際にどのような収容所生活をしていたのかにお一端を知ることができた。地下に日記や遺言書が埋められていたことなど初めて知った。本当に貴重な機会を与えられて感謝いたします。野村路子さんのテレジンのはなしをいつかたっぷり聞きたい。近いうちにご計画ください。 

女性/早大エクステンション受講生/60代



とても刺激を受けた。ずっと考えていた、歴史を継承し惨劇を繰り返さないためにはどうすればいいのか?という疑問の答えのヒントが得られたような気がする。「今、何を語るか」という題なので、もっと現代の事象に寄せた報告が聞けると、よりよかった。 

女性/早大の学生/20代



ホロコーストについて、ここまで多面的に考え李きっかけをいただき、また、今の日本にも置き換えて考えていきたいと思います。日本での歴史的思考の厚みを作らないとダメだなあ~と、質疑応答を聞いてつくづく思いました。

男性/社会人/50代



基調講演をされた野村先生はじめ三人の報告者の方の「アウシュヴィッツ」に関するお話しはとても興味深いものでした。戦争終結から70年たった現在、生存者が少なくなり、いかに当時の体験を語りつぎ、後世に何をどのように伝えていくか、とても考えさせられました。

男性/早大卒業生/60代



私がホロコーストに関心を持ったのは、小学生のころ『テレジンの小さな画家たち』を読んだのがきっかけでした。今日、実際に野村路子さんの講演を聞くことができ、とても貴重な体験となりました。今回のシンポジウムを通して、戦後70年が経つ現在において、生還者の高齢化が進む中、若い世代がどのように「記憶」を継承して行くのか(ポストメモリーの時代においてどう向き合うか)。当時、声を上げることを許されなかった「被害者」の声を現在においてどのように拾い上げ、どのように解釈することができるのかということを考えていくことの必要性を改めて感じました。  

女性/早大以外の大学生/20代